【記事】
生命を理解するための基盤は、「あらゆる生命現象は物理法則に従う」という前提である。これを出発点として、文字どおり物理学に根ざして生き物を理解しようという試みが、生物物理学である。
本書は、京都大学での講義内容をベースに、それを発展させた内容を一部加えた、生物物理学の入門的教科書である。分子から細胞までのさまざまな現象を物理的・数理的にモデル化し、その振舞いを解説している。全体を通じて数式を用いた丁寧な説明を行い、基礎方程式からほとんどの数式を導出できるよう工夫している。
生命を構成する物質には、ミクロからマクロまで階層構造が存在する。本書はその階層に応じて、「第Ⅰ部 状態論」「第Ⅱ部 構造論」「第Ⅲ部 細胞のシステム生物学」のⅢ部構成となっている。第Ⅰ部は中間の階層にあたり、生体分子を少数の状態で記述し、状態間の遷移を簡単に計算することで、生体分子の構造・機能を理論的に取り扱う。2章の蛋白質の2状態モデルから始めて5章の生体分子機械論までの流れは本書の中心をなす部分である。第Ⅱ部は、よりミクロな分子構造の階層を扱う。関連する物理学・化学の解説から、生体分子の構造や動態を、かなり物理学的に記述しており、生体分子の世界に興味のある物理・化学を志向した読者に向けたものである。原子・分子間の相互作用、生体分子のフォールディング、拡散や化学反応論の物理・化学を学ぶ。第Ⅲ部は細胞スケールの、いわゆるシステム生物学を扱う。遺伝子発現制御の理論から電気生理学、シグナル伝達、代謝まで、内容は多岐にわたる。
予備知識として、高校レベルの生物学をウェブサポートページに、必要となる物理学を巻末補遺にまとめている。また読者への特典として、書籍内の問題の解答、数値解析のためのPythonプログラムをウェブサポートページにて提供する。
長年の講義をもとにまとめられた本書は、生物物理の幅広いテーマをカバーしており、生命科学・物理学・化学などを専攻する大学生~大学院生の講義用・自習用として最適の一冊である。